福岡地方裁判所 昭和61年(ワ)1451号 判決 1987年12月15日
原告
上野久夫
右訴訟代理人弁護士
小泉幸雄
被告
国際油化株式会社
右代表者代表取締役
町田谷米造
右訴訟代理人弁護士
柴山圭二
同
近藤彰子
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が被告に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、昭和六一年六月一日から毎月二四日限り月額金三九万七三七一円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2、3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は石油類の販売等を業とする会社である。
2 原告は、昭和四二年一月二五日被告に雇傭され、同五四年一〇月一日被告福岡支店支店長に任命された。
3 被告は、昭和六一年五月三一日付で原告を懲戒解雇したと称して、原告の右雇傭契約上の地位を争い、原告に対し、同六一年六月分以降の賃金の支払をしない。
4 被告における賃金支給日は毎月二四日と定まっており、昭和六一年三月ないし五月当時における原告の賃金は月額平均三九万七三七一円であった。
5 よって、原告は被告に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに昭和六一年六月以降毎月二四日限り月額金三九万七三七一円の割合による賃金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし4記載の事実はすべて認める。
三 抗弁
被告は、原告が、被告福岡支店(以下単に「福岡支店」という。)の支店長としてその職務を遂行するに際し、以下のとおり、著しい職務怠慢によって被告に対し多大の損害を与えたので、被告は原告を就業規則四九条(1)(当然なすべき注意を怠り、又は職務に怠慢を認めたとき)及び同条(4)(故意又は、重大な過失によって会社に損害を与えたとき)に該当するものとして、同条但書を適用して、昭和六一年五月三一日付で懲戒解雇に付したものである。
1 福岡支店の組織等
(一) 福岡支店は営業課及び業務課(課員は合わせて数名)から成り、傘下に一〇ないし一一か所の直営給油所(以下「給油所」という。)を擁している。
(二) 右各給油所における売上、入金のデータはすべて毎日支店に報告され、また、各給油所において集金した現金は、各給油所毎に毎日銀行に入金され、銀行を通じて支店の方に右入金の通知がなされ、銀行への右入金が一定額に達すると、支店が本店にこれを送金する。
(三) 商品の仕入れは支店又は給油所において行うが、これに対する支払はすべて本店において行う。
(四) 従って、給油所の業務は、商品の販売、売掛金の回収及び仕入れの一部である。
2 小笹給油所における架空売掛金等の不正経理について
(一) 小笹給油所は福岡支店傘下の給油所である。
(二) 同給油所においては、昭和五五年八月以降、架空売掛金の計上をはじめとする種々の経理上の不正が行われた。これは
(1) 現金売上を帳簿上取り消して入金せず、集金もれや、不良債権の補償などに流用する。
(2) 右の流用を隠すなどの目的で架空の売掛金を計上する。
(3) 架空売掛金を隠蔽するため、他の現金売上を流用したり、架空売掛の計上により余った在庫を処分して得た金員を流用するなどし、あるいは架空の入金データを支店に送る。
というものであり、同六一年三月の時点で、架空売掛総額は二億円を超え、流用された現金売上も一億五〇〇〇万円余にのぼった。
(三) 福岡支店業務課長代理であった高田健治は昭和五九年七月、支店の預金残高の照合をするうちに、小笹給油所について二〇〇万ないし二五〇万円の入金不足があることを発見し、小笹給油所長吉岡重由に対して、不足分を同月末までに入金するよう指示したところ、吉岡は、同年一一月ころ、自己の出捐をもって二〇〇万円を入金した。
(四) さらに、高田は、昭和五九年一二月ころ六〇〇万ないし七〇〇万円の、同六〇年三月に一〇〇〇万円の、入金不足を発見し、やはり吉岡に対して入金を指示するとともに、独断で、吉岡の同年四月分及び五月分の給料を天引して、右預金不足の補填にあてた。また、なお残った不足分の補填のために、高田の父及び原告も出捐することとし、結局、同六〇年五月に吉岡において五五二万三〇八四円、高田の父において一〇〇〇万円を、同年六月に原告において五六六万二二七六円を、それぞれ右不足の補填に供した。
(五) しかし、その後も架空売掛金の計上等の経理上の不正はおさまらず、昭和六〇年八月から同六一年三月までの間に、架空売掛金が三二〇〇万円、現金売上の流用が二五〇〇万円それぞれあり、結局、同六一年四月末の段階で、架空売掛の残は二四一六万六〇〇〇円、帳簿上の入金高に対する現実の銀行預金の入金不足は三八九万七〇〇〇円に達し、被告は、以上合計二八〇〇万円余の損害を被った。
3 筑紫野・太宰府・和白各給油所における不正経理について
右と同様に、福岡支店傘下の給油所である筑紫野給油所、太宰府給油所、和白給油所においても、架空売掛の計上、現金売上の流用、個人による補填等経理上の不正が行われており、右各給油所における預金の不足は計六五六万円余にのぼっている。
4 原告の責任
原告は、福岡支店長として、支店業務全体を統轄し、配下の職員を指導監督する立場にあったのであるから以上のような事態を未然に防止し、また、すでに発生した事態につき、被告本社にすみやかに報告するとともに、同様の事態の再発を防止する対策を講ずべき職務上の義務を負っているのに、これを怠ったものである。すなわち、
(一) 給油所における入金、売上の管理は支店においてなされていたものであるところ、前記のような事態は、預金残高と銀行からの入金通知との照合、未回収売掛金のチェック、在庫管理等を確実に行うことにより未然に防止できたはずのものであり、このような基本的な点についての注意・監督を怠った原告の責任は重大である。
(二) また、原告は、前記の事態を知ったのちも、人事・経理面から適切な措置をとろうともせず、個人の出捐による補填で事態を糊塗しようとした。のみならず、原告は、事態を本社に報告さえせず、昭和六〇年六月の本社による監査、同年七月の長期未入金回収見込照会に対しても、事態を隠蔽し、前記のとおり、被告の損害の拡大をもたらした。
(三) そもそも、福岡支店傘下の給油所においてこのような事態が発生したのは、現金や債権の管理がずさんであるのみならず、不良債権等の事故を支店に報告せず、現金売上の流用や個人による補填で隠蔽するなど、不正を生む土壌が各給油所で作られていたからであり、このような状況を看過したことについても、原告はその責を負うべきである。
(四) なお、原告は、昭和六〇年五月以前に、前記の事態を概ね知っていたものであるが、仮に、原告が、同月以降に至って初めて右事態を知ったものとしても、原告は、同月の部店長会議において、売掛残の異常を指摘されながら、事実の解明を怠り、預金不足の額すら把握していなかったのであるから、原告の責任は軽減されるものではない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。ただし、売上・入金データは、各給油所から直接本社に送られ、そののち本社から支店に送り返されることになっており、従って、これらのデータは本社経理部において把握している。
2 抗弁2の(一)事実は認める。同2(二)及び(三)の各事実は不知。同2(四)の事実中、原告の出捐による補填の事実は認め、その余の事実は不知。同2(五)の事実中、被告の損害は否認し、その余の事実は不知。仮に架空売掛金があったとしても、それは帳簿上のものに過ぎず被告に実質的・経済的な損害はないのであるから、懲戒解雇は著しく相当性を欠くものである。
3 抗弁3の事実は不知。
4 抗弁4はすべて争う。原告の支店長としての権限はきわめて限定されたものであり実質的には販売業務の方が中心であった。また、給油所の管理は本社が直接行っていた。
五 再抗弁
売上・入金データについては、抗弁に対する認否1記載のとおり、本社においてもこれを把握していたのであるから、支店の会計業務を掌握する本社経理部も、前記事態の発生につき責任を免れないものであるところ、本社経理部の責任者である安正経理本部長は、本件に関し、役員報酬を、二か月間、三パーセント減額するという極めて軽微な処分を受けたにとどまっており、これと比較すると、原告の受けた処分は懲戒解雇という極めて重いもので、著しく均衡を失する。従って原告に対する懲戒解雇は懲戒権の濫用にあたり無効のものというべきである。
六 再抗弁に対する認否
安正及び原告に対する各処分が原告の主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。
二 抗弁について
1 福岡支店の組織等について
(一) 抗弁1(一)、(三)及び(四)の各事実は当事者間に争いがない。
(二) 同1(二)の事実中、各給油所が集金した現金を毎日銀行に入金すること、銀行から支店に対して入金の通知がされ、入金が一定程度に達すると、支店から本店に送金されることはいずれも当事者間に争いがない。そして、(人証略)によれば、各給油所における売上・入金データは、各給油所から直接本社に送られ、本社では、これらのデータに基づいて営業日報・プルーフリストを作成するが、これらの資料は、すべて、ただちに支店に返送され、本社には月単位で作成する月表等以外の資料は存しないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。原告本人尋問の結果中には右認定に反する部分があるけれども、具体性に乏しく、とうてい信用することができない。
2 小笹給油所における経理の不正操作について
(一) 抗弁2(一)の事実は当事者間に争いがない。
(二) 同2(二)の事実は、(証拠略)により認めることができる。
(三) 同2(三)及び(四)の事実は、(証拠略)により認めることができる。
(四) (証拠略)によれば、同2(五)の事実中昭和六〇年八月から同六一年三月までの間に、架空売掛金三二〇〇万円と現金売上の流用二五〇〇万円とがそれぞれ発生し、同六一年四月末の段階で、架空売掛の残が二四一六万六〇〇〇円、預金不足が三八九万七〇〇〇円、それぞれあったことが認められる。
3 筑紫野・太宰府・和白各給油所における経理の不正操作について
抗弁3の事実は、(証拠略)によって認めることができる。
4 原告の責任について
(証拠略)を総合すると、原告は小笹給油所における不正な経理操作を知ってから昭和六一年三月に本社がこれを発見するまでの間、本社に全く報告をしていないこと、この間、同六〇年六月に監査役によって福岡支店の監査がなされ、また、同年七月には本社から支店に対し、長期未入金につき報告を求められたが、このいずれのときにも、原告は、本件不正について触れなかったこと、さらに、右の期間、不正の再発を防止するための方策は全くとっていないことの各事実が認められる。
そこで、以上の認定事実に基づいて、原告の福岡支店長としての責任について判断するに、原告は、昭和五四年一〇月以降、福岡支店長として支店業務全般につき監督義務を負っていたものと認められる(原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)の規定は、右の全般的監督義務を当然の前提としたものと解され、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)ところ、原告は、本件の不正経理の発生を防止しえなかったのみならず、前記認定事実によれば、遅くとも、自ら五五六万円余を出捐した昭和六〇年五月ころには、小笹給油所において、吉岡、高田の父及び原告の各出捐額の合計二一〇〇万円余を超える巨額の架空売掛計上等の不正が行われていたことを知っていたと認められそれにもかかわらず、以後、同六一年五月に事態が本社に発覚するまで、何ら実態究明及び再発防止の方策をとらなかったばかりか、事態を本社に報告することすらせず、個人的出捐による補填をもって事態を糊塗することを容認し、かつ、積極的にこれに関与したというのであるから原告が支店長としての前記義務に反したことは明らかであり、このことは、(証拠略)によりその存在が認められる被告就業規則四九条(1)(当然なすべき注意を怠り、又は職務に怠慢を認めたとき)及び同条(4)(故意又は重大な過失によって会社に損害を与えたとき)にあたるものといえるとともに、被告が同条本文但書によって懲戒解雇を選択したことが不相当であるとはとうていいえない。
なお、原告は、右の架空売掛金等の不正が仮に認められるとしても、それは帳簿上虚偽の記載がなされたにすぎず、被告に実質的・経済的な損害はなかったのであるから、原告に対して懲戒解雇を適用することは相当性を欠く旨主張するので、これについて判断するに、確かに、被告が、本件経理操作によって、直接、実質的な経済的損害を被ったことを認めるに足りる証拠はない。すなわち、被告に何らかの実損が発生したといえるためには、少なくとも、本件経理操作が行われた期間中に売却処分された商品の総価格と被告に入金された金額及び現実の売掛債権額の合計額との間に齟齬があることを要するところ、これを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、(証拠略)によれば、本件経理操作が発覚して後の被告の調査によっても、(右の数額を的確に把握するには至らなかったことから)吉岡の後記弁解を封殺することができず、この点についての確証は得られなかったことが認められるので、結局、被告が、本件経理操作によって、直接、経済的な実損を被ったとするには、証拠が十分でないといわざるを得ないところである。
しかし乍ら、反面、本件経理操作は、単に帳簿上架空の売掛債権を計上するのみにとどまらず、現金売上を帳簿上取り消したり、帳簿上余った在庫を処分するという態様をも含むものであるから、これによって得られた金員の一部が被告に入金されることなく、不正に領得されたのではないかという疑いは払拭し得ないし、また、不正な領得目的がないのならば、このような大規模な経理操作を行う合理的な動機も見出し難い(<証拠略>によると、本件経理操作を行った小笹給油所長の吉岡は被告の幹部職員に対し、不良債権の回収も含めて現実の売上以上に実績を上げているような外形を作出したかった旨述べたことが認められるが、このような弁解自体不自然の感を免れない。)ばかりか、吉岡(さらには、高田及び原告)が、架空売掛の実態を隠蔽するため、現実に多額の出捐をすることをも厭わなかったことを併せ考えると、右の疑念はなお一層強く残る。
のみならず、仮に被告に実質的経済的損害が全くなかったとしても、前記認定のような不正な経理操作は、それ自体、企業にとって、自身の営業内容の正確な把握が不可能になる等、その経営上極めて危険なものであることは言を俟たないのであり、しかも本件においては、架空売掛の残額だけでも二四〇〇万円余にのぼるのであるから実質的経済的損害が生じたとまでは認められないとしてもこのことをもって、本件懲戒解雇が相当性を欠くものとはとうてい言えないのであって、原告の右主張は失当といわざるを得ない。
三 再抗弁について
再抗弁事実中、被告経理本部長安正が減給(三パーセント)二か月の処分を受けた事実は当事者間に争いがないが、その余の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。(証拠略)によれば、本社経理部は支店の会計業務を取扱うものとされていること及び経理部は経理本部のもとにおかれていることが認められるが、(人証略)によれば、その趣旨は、各支店の会計業務の統轄にあったものと認められる。そしてこれに対し、(証拠略)によれば、福岡支店業務課は同支店の会計業務を直接担当するものとされていたことが認められるところ、支店長が支店業務全体を監督する職責を負っていることは先に認定したとおりであるから、原告に対する処分が、経理本部長に対するものより重いものであることは十分の合理性があるものというべく、さらに、経理本部長に対する処分はかような事態を未然に防止すべき監督義務の懈怠に対してなされたものと解されるところ、原告については、単に経理上の不正を看過したというにとどまらず、不正発見後の報告や事後処理の懈怠、個人的出捐による補填・隠蔽への加担等の事実が存するのであるから原告に対する懲戒解雇が不平等な取扱いにあたるものと解する余地は全くない。
四 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤浦照生 裁判官 倉吉敬 裁判官 久保田浩史)